心の中で生き続ける体験
e0011904_024674.jpg

子どもの頃の経験したことは大切です。
もし小学生の頃、私が描いた作品が入選していなかったら、きっと私はデザイナーになっていないでしょう。

初めて自分のデザインが社会で利用されるようになったのは大学生のときに採用されたロゴだと思っていましたが、もっと広く振り返ってみると自分のデザインが初めて多くの人に使われたのは小学校5年生のときだと気づきました。

私の通っていた小学校では、空き缶・古紙回収など環境問題への取り組みを行う、アースデイという日が毎月ありました。
そのアースデイが始まるとき、登下校時に肩にワッペンをつけることになり全校生徒がアイディアを一案ずつ出したのですが、そのときに採用されたのが私の描いたデザインでした。
そのデザインは、印刷会社によって本格的なワッペンに仕上げられ、登下校時にみんながつけている姿、私が卒業後もつけて登下校している小学生を見て、自分の制作したものが利用されている喜びと、多くの人が使用している責任感を感じたものです。
私が今、デザイナーとして日々感じていることと同じ事を小学生のときに私は味わうことができたのです。

e0011904_2124437.jpgその後、モノを作ることとは離れて過ごしてきたのですが、進学する大学を選ぶ高校2年生の段階になって初めて私は、大学進学と就職はセットでやってくる現実に気づかされ、大きな不安に包まれました。
就職はずっと先と思っていましたが、わずか17年間の人生で経験したことの中から導き出さなければならなくなったのですからパニックです。

小学生の頃には、新幹線の運転手や教師というように自由な発想で将来像を思い描けていましたが、高校生にもなると自分の偏差値、学費、進学後の評価など様々なプレッシャーがかかり、自分のなりたい将来像を描くのにどんどん視野を狭めていってしまいます。
このプレッシャー自体は、将来の決断をするのですからしょうがないのですが、
でも、そのときに自分の将来の目標が定まらないのはいい状態ではありません。
大学で将来の夢を見つけることもあるでしょうが、やはり大学を選ぶ段階で大きな目標は決まっていた方がいいものです。



この選択を行うときに、小学生のときに経験した喜びや持った夢、経験はその選択に大きく関わってくると思っています。きっとその頃には、何にも束縛されない自由な自分の考えがあったと思うからなのでしょう。
私の場合は運良く、絵を描くことで多くの人に使われたときの喜びという経験があったので自分の好きな道に進んでこれましたが、正直に申しますとあの選択を行うときに、教師とデザイナー以外の選択肢はあまり想像できませんでした。
小学生の頃にもっと多くの経験ができていたならば私の人生はまた違った方向に進んでいたことでしょう。

「百聞は一見に如かず」という言葉がありますが、私は
「十見は一体験に如かず」だと思っています。
牛という動物すら知らない人間が100回、牛の乳搾りについて聞くよりも
1回見た方が遥かに理解することができるでしょう。
同じように10回様々な職業見学に行くよりも
1回体験した方がずっと多く楽しみ、喜び、苦労、コツ、行程などが理解できるでしょう。
e0011904_2348014.jpg
という順序で吸収する情報は多く、一度体験するとその後もその仕事に興味が沸いてくるものです。
音楽でもそうですね。
家でCDを聞いているよりも、一度コンサートに行ったアーティストの方が遥かに心に残りますし、その後も強く興味が沸いてくるものです。
体験したことは、一時期だけでなくその後も生き続けるのです。

様々な職業の体験できるキッザニアですが、多くの子どもがそこで体験したことを通して、自分の心に私の将来という種を撒き、その後もその成長を手助けし、10年後、20年後にその花をさせて欲しいと思います。


キッザニア・・・・公式ページ
キッザニアについて・・・東京キッザニア広場
[PR]
by naomedia | 2006-10-04 00:26 | カルチャー・エデュケーション
<< 変わる環境問題への取り組み サンフランシスコの青い空 >>