変わる環境問題への取り組み
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10数年前の環境問題への取り組みといえば、空き缶や古紙回収の呼びかけ・実施を地域で行う地道なものでした。
前回の記事でも少し触れましたが私の小学校でも活動をしていましたが、おそらく今は行われていないでしょう。
それはあの頃リサイクルに回そうと回収していたものの多くが、今では分別して捨てざるを得なくなりほとんどの人が強制的に参加させられているからです。

90年代の典型として、こんなにゴミとして処分してしまっている、無駄遣いをしているという統計をみせた後、それらにはまだこんなにポテンシャルがあると紹介しみんなで取り組もうという訴えでした。
最近でも同じようにまず危機感を伝え、これ以上悪くならないように行動しようと訴える構造に大きな差はありませんが徐々に変化し2000年代のスタイルが生まれてきていると感じています。

その象徴的なものがテレビで放送されている「素敵な宇宙船 地球号」と流行の「ロハス」です。
「地球号」の中では単に危機感を伝え、さあみんな取り組もうというような押しつけがましい構成をしていません。
まず多くの人が興味をもちそうなテーマから入り、それらが悪化してきている現状を伝え、そしてそんな中でもうまくいっている取り組みを紹介しています。
ここで注目して欲しいのはうまくいっている結果報告が含まれているということです。
そしてロハスにおいては生活全体を楽しみながら無理なく環境にやさしい方向で生活していけるような取り組みを提案しています。しかもオシャレに。
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これらのことを見て私が感じるのは、10年前のダメだダメだとばかり危機感だけを煽るやり方に限界が見えたということです。
以前の活動では、普通の人がするには少し腰が重くなってしまうことを進んで取り組もうとしていましたが、やらない人にとってはいつまでたっても一部の活動者と見られてしまっていました。
また、ダメだダメだとアナウンスをいつもされているがゆえに、取り組んでいる人たちにも「やらない人がいるのだからこんな活動をしていても効果はないのではないか」と離れさせてしまう結果を生んでしまいました。

このダメだと伝わることでの悪循環は今のプロ野球人気問題にも似ていないでしょうか?
試合がつまらない、人が集まらない、視聴率が上がらないとばかりアナウンスされていると私たちは興味を失いかけていますし、もしいい試合があっても先入観から「どうせ」とチャンネルを回してしまたりスタジアムから足が遠のいてしまっているでしょう。
いいところを紹介すれば、春のWBCや夏の甲子園のように全国民の興味を惹きつけられるだけのポテンシャルが野球の中にはあるはずなのですがどこかに潜んでしまっています。


危機的な現状を紹介することは最初こそ大きなエネルギーとなりインパクトはありますが、繰り返すと徐々に人の気持ちも興味もモチベーションも下がってしまうのです。
とはいえ危機感を伝えることはとても重要です。まず私たちがどうにかしなければということに気づかなければ何も始まらないからです。
しかし今の日本において、環境問題について知らない人はまずいないでしょう。
危機を紹介する時代は終わったと思います。
これから大切なことは自分たちの活動がうまくいっていることもアナウンスされ、
そして取り組むことが現状のかっこいいという認識から自然なこととして受け止められることだと思います。
それはかっこいいには賞味期限があると思うからです。
取り組むため入り口にはとてもいいものですが長い期間
「エコライフ(ナチュラル志向)=素敵な生活」の形が保たれるとはあまり思えないのです。
取り組むことが、まずかっこいいライフスタイルとしてこれからの日本の生活として定着し、
その後ごく普通なこととして取り組んでいられる時代が今後10年間で根付き、
10年後にはより上のステップの活動が行える土台が生まれていれいて欲しいと思います。
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by naomedia | 2006-10-09 00:28 | カルチャー・エデュケーション
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