10年前の未来像と現在の日本
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先日、クローゼットを整理していると、1996年の9月号のNewtonが出てきました。この本は私が中学生のときに初めて購入したもので、本屋で見つけたときには日本にもこんな本があったのか!と感動しながら手にしたことを今でも鮮明に覚えています。


e0011904_2336289.jpgそんな思い出がたくさん詰まった一冊を、今回読み直してみると「日本の未来」という記事が熟成されて面白くなっていました。この記事は2100年までの未来を予想するという内容ですが、記事の多くは10年後までの予定やビジョンで構成されています。
この号からちょうど10年が過ぎた今、その頃のビジョンとその後の結果がどうなっているのかを調べながら深く読んでみました。









この記事は
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以上の9つの分野で書かれていますが、今回は
「首都移転」「高齢化」「通信」の3つを取り上げてみたいと思います。


まずは首都移転ですが、記事には
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と書かれていますが、国が多額の借金を抱える現在となっては、とてもバブルの匂いがする話となっています。結局2003年に候補地を絞り込めないという形をとり凍結されました。


2つ目は高齢化です。記事によると
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と書かれていますが、これは若干早まり2006年には突破してしまいました。このズレは、少子化が想像以上に進んだためではないかと思います。
”2007年までわずか10年余り。その間に何ができるだろうか”
と書かれていますが、悪くなった以外、結局打開策のないまま迎えてしまいました。


3つ目は通信網です。
ここまでは実現できなかった暗い話題になってしまいましたが、通信は予想を遥かに上回る結果となりました。他の分野の挿絵を見ると、いまだに夢いっぱいの絵に見えますが、この通信の挿絵だけは過去の絵に見えます。挿絵の携帯電話はとても大きいですし、電子手帳の液晶は白黒です。携帯と電子手帳が一体になりつつある現在、片手に携帯、片手に電子手帳というスタイル自体が時代遅れに見えます。本文には
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と書かれていますが、すべて2010年を待たずして実現しました。
私の家は光ファイバーではありませんが、電線には来ています。あとは光ファイバーの導入を我が家が決断すればいいだけなので、事実上届いています。
しかし、この地上通信の急速な発達と比べると衛星通信の進歩は遅く感じます。記事には98年から衛星電話のサービスが始まり、世界のどこでも通話が可能になると書かれていますが、予定通り98年に始まったものの翌年には倒産し、ようやく2005年になって復活しましたが、今や普通の携帯電話でも人の住む地域でしたら世界中ほとんどの場所で使える状態です。
90年代の風潮としてテレビを含み通信は、衛星へという流れがあり、鉄塔はとてもアナログに見えましたが、結局は基地を日本中につくり、テレビは第2東京タワーの建設予定など地上からという方向になりつつあります。

10年という短い期間でみたので、ずば抜けた変化をあまり感じなかったと思いますが、冷静に考えてみると10年前にはこうやってblogを通して簡単に多くの人に自分の意見を伝えることもできませんでした。
ネットに接続するときも「ピー・・」という発信音を待ち、写真のあるページにいくとPCが固まることもしょっちゅうでした。
私が子どもの頃夢見た、コンピュータが喋りながら車の行き先を案内することも、相手の顔を見ながら電話するテレビ電話も、好きなだけ写真がとれるカメラも、すべて家庭に入ってきたのはこの10年です。

今回は3つしか取り上げませんでしたが、この9つの記事を見ていて残念なのは、政府主導のものはうまく進まず、民間主導のものばかりが夢を実現していることです。
この記事を10年ぶりに読むことで、最近の「官から民へ」という風潮の根源に気づかされてしまった気がします。
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by naomedia | 2006-11-02 00:09 | カルチャー・エデュケーション
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