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アバターを見た
先週、アメリカに行ってきたのですが、その時にチケットを頂いたのでアバターを3Dで見てきました。日本では明日公開です。



ただでさえSFで内容が難しいにも関わらず、英語且つ3時間の長編で、理解しきれなかった部分もあるのですが楽しみました。

正直長くて途中で飽きてしまったというのが見終わったあとの正直な感想ですが、世界観とCGはすごかったです。
TechCrunchに珍しく映画の記事が載っていたのでどんな評価がされているのか読んでみました。

『アバター』は映画の未来にiPhone登場なみの衝撃を与える
http://jp.techcrunch.com/archives/20091219avatar-is-like-the-iphone-of-movies/


この記事の中で僕も同感なのは以下の部分です
●3D効果はすごい
>>普通の映像ではきっと物足りないと思います

●どこまでが実写でどこからがCGかというようなことは問題にならない。
>>これは本当で、キャラクターがCGなのか、人が演じているのか全く分からない。もうここまで行くと、確かに映画の歴史の何かが変わったと感じさせられるくらいでした。スターウォーズは世界観、ストーリーが素晴らしいですが結局は宇宙人を人間が演じている、人間がベースにあると言うことに気づかされます。人がメインじゃない映画が作れてしまうのか!という驚きがありました。

●アバターで驚異的なのはストーリーではない。ストーリーはせいぜい平均的な出来栄えで、一部はポカホンタス、一部はダンス・ウィズ・ウルブズの焼き直しだ。
>>ストーリーは平凡です。重要な敵と、主人公は何故か強い。正直あきあきするほど。
例に上がっている一部はポカホンタスは本当にそのとおりだと思いますし、アメリカ人的に例えるならダンス・ウィズ・ウルブズですが、日本人の僕にいわせるなら風の谷のナウシカそっくり。真似にも程があると言いたいくらい。

●観客はパンドラという世界に飲み込まれる。
>>これも同感です。世界観は面白い。

この記事に書かれていない部分で僕が気づいたところは、
・登場する動物についても良く考えられ、デザインされている
・現実に地球にいる原住民の特徴をよく研究している
・その割には登場するロボットや乗り物がダサいのが残念。そして登場するインターフェイスのデザインもイマイチ。
ロボット、乗り物のデザインは同じくジェームスキャメロンの監督作品のエイリアン2からあんまり変化がない気がしました。

よくも悪しくも映画館に足を運んで3Dでみてみるには面白い映画だと思います。続編ばかりが多い最近の映画からするとオリジナリティを感じます。

iPhone登場なみの衝撃を与えることはないと思いますが、これまでの変な可能性は感じる映画です。
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by naomedia | 2009-12-22 23:27 | 映画
不都合な真実
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この夏、アメリカでは地球温暖化への関心が非常に高まっていました。どのニュース番組を見てもglobal warming=地球温暖化についての話題ばかりで、この夏一番多く耳にした単語だったかもしれません。
この状況は驚きの連続でした。車社会、石油垂流し、CO2削減を約束した京都議定書の破棄という無関心なアメリカ像とは正反対なものがそこには存在し、1本のドキュメンタリー映画が全米で旋風を巻き起こしていました。

それは「不都合な真実」(英題An Inconvenient Truth)」という映画で元副大統領のアル・ゴア氏が制作したものです。
この映画ドキュメンタリーということもあり最初は77スクリーンという小規模な公開で始まったのですが、それでも全米top10に入り、その後徐々に拡大していき映画もゴア氏も注目を集めていました。(私も滞在中に知人と見に行く予定だったのですが急用で行けず、その後まもなく帰国となってしまい、今でも現地で見られなかったのが心残りです。)
私の滞在地の近くの書店にゴア氏がスピーチに来た際には、著書にサインをもらうのに3、4時間待ちの末会えたと会いに行った人は言っていました。
この人気ぶりに最初は、先の見えないテロ対策一辺倒のブッシュ大統領に対しての反感がゴア氏支持へと結びついているのかと思ったのですがそうではないようです。
何人もの人に聞いても、彼は次回の選挙に出馬するほどの支持はなく、本人も出る気はないと言っています。純粋に人々の感じていた危機感が、この映画を皮切りに噴出したのです。

前回の記事で私は日本での取り組みが徐々にうまくいっていると書きましたが、あの騒ぎ方を見ていると今のペースでは遅すぎるのではないかと何度も感じさせられました。
日本では温暖化といえばヒートアイランドのように都会に集中して問題視されていますが、
米国ではいつも地球全体の変化を取り上げており、どこかの都市に注目したものではなかったのです。

冒頭で少し京都議定書のことに触れましたが米国では多くの人がそのことで心を痛めていました。それを表す印象的な言葉を私は知人から聞かされました。
「私たちはあの約束を守りたいし努力したい、でも国が一方的に破棄してしまった。他の国の人に申し訳ないし政府に憤りを感じる」というものです。この言葉を聞いて、また私の中での環境に配慮しないアメリカ像は崩れました。まず普通の人が日常会話の中でこんなテーマを日本ではしないですし、CO2の削減を自分でしようとする気持ちすらなかったからです。
そんな良い方向を感じた反面、残念な現状もありました。
「関心はとても高いし危機感はあるけれど、それ以上に多くの人が海賊の映画のほうが好きみたいね。」というものでした。
この二つの言葉に、今の米国の実情を垣間見た気がします。

日本での公開は来年の1~2月のようですが、六本木では10月28日からの公開が決まったようです。
日本でも旋風を巻き起こし、多くの人に目を背けてきてしまった不都合な真実に目を向けさせることができるのか。運良く私は日米両方の反響が見られそうなのでどのように受け入れられるのかその様子を注視してみたいと思います。



日本の公式サイトが最近オープンしたのでリンクを貼っておきます。
予告映像がすぐにご覧いただけます。
公式サイト・・・不都合な真実
書籍版・・・不都合な真実
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by naomedia | 2006-10-10 23:57 | 映画
青春の1ページを描く映画
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日本の映画をほとんど見ない私なのですが、まもなく公開される「夜のピクニック」という映画に興味を持っています。

この映画、茨城県にある県立水戸第一高等学校(以下、水戸一高)の「歩く会」という行事をベースに、この高校出身の作家、恩田陸さんの小説を映画化したものです。
この行事、私と全く切り離すことができない事情があるのです。

といいますのも、この映画のベースとなった歩く会と同じものが
私の出身高校に存在したのです。
それは私の高校ができた頃、水戸一高の校長先生が異動で私の高校に赴任され、
同じ行事を始めたからで、名前こそウォークラリーと違いますがほぼ同じ内容の行事を体験したのです。
では、先ほどから出ている「歩く会」とは何かと申しますと、
約24時間をかけて、全校生徒で約70キロを踏破するというもので、
行きは早朝に大型のバスで出発点に向かい、そこから高校に向かってみんなで歩きます。
初日にクラスメートと共に50キロ、次の日に仲のいい友達と20キロを自由に歩くというもので、映画のキャッチコピーにもありますが“ただ70キロを歩く”というイベントなのです。
この行事、私の高校では毎年ちょうどこの時期、9月の最終の週末に行われています。
卒業してから既に何年も経ちますが、やはりこの時期が来ると毎年思い出します。
そして天気予報をじっくり眺めて、今年はどんな様子でみんな歩いているのかなと物思いにふけってしまうのです。
そのようにちょうど思い出を掘り返してしまう時期に、偶然にもそのイベントをテーマにした映画が公開されるのですから興味をそそられてしまいます。

映画では、この行程に様々な人間模様やラブストーリーが絡んでくるようですが、実際の経験からすると、ラブストーリーはちょっとリアルではないかなという印象を持っています。実際は男女別々の行動という感じでしたから。

24時間で70キロを歩くというと、とてつもない距離を歩くように思われるかもしれませんが、
どんな女の子であっても歩ききれるものです。
足にマメができてしまったり、大変な思いをする人もいますが、歩く速度はとてもゆっくりでまさにピクニックです。私の感想では登山の方が遥かにきついです。


高校生活は3年間ですから、コースは3コース用意されており、
同じコースを歩くことは二度とありません。毎回が新鮮な風景です。
印象としては

70キロなんてあるけるのか?大丈夫かな?という
緊張の1年目。

持参する荷物、楽しみ方にも慣れてくる
慣れの2年目。

そして
感慨に浸る3年目。

そんな思い出の残るこの行事ですが、私の時は3年目がとても過酷だった記憶があります。
1,2年目はコースが山で、天気も曇りだったのですが、
3年目は9月も終わるというのに、雲ひとつない真夏日となり
コースも、霞ヶ浦に沿ってひたすら歩くものだったので木陰一つなく、
持参した水は底をつき、だだっ広い霞ヶ浦の風景は変わらず、
まるで砂漠の中を歩いているような気持ちでした。

そんなただ歩くだけの何が楽しいのかと思うかもしれませんが、
前回取り上げた登山のときと同じで、歩いているときは必死で気づきませんが
終わってみれば仲間と過ごした長い時間、一緒に乗り越えた大変な思いは
もう高校を卒業した後には得ることができない大切な青春の思い出として
強烈に残るものです。

先ほど、「感慨に浸る3年目」と書きましたが、9月の終わりということもあり、
高校時代最後の行事がこの歩く会になるのです。
三年目に最後にゴールのゲートをくぐるときには、
ここでこのゲートをくぐってしまえば、これで高校生活も終わりなんだなという思いがわいてきました。1,2年生のときはよかった!歩ききった!という達成感でのゴールでしたが、
3年目は70キロも歩いてきているのに、ゴールがもっと先ならいいのにという気持ちが
心の中で渦巻いていました。

そんな気持ちもあり、
また普段仲よしだった3人組のうち、一人だけ遅れている友人がいたので
「最後くらい一緒にゴールしようぜ」ともう一人の友人に伝え
すぐにゴールせずに遅れている友人をしばらく待ち、3人一緒にゴールしたことを思い出します。

それから約半年後、そんな記憶も薄くなり始めた頃、
卒業式を向かえ手元に届いた卒業アルバムを開いて驚かされました。
それはそのゴールを3人でくぐった瞬間の写真が大きく載っていたのです。(撮られていたなんて3人とも気づきませんでした。)
しかも、僕が中心で満面の笑顔に、右手の親指を立ててゴールをしていて、
友人二人が、僕の半歩後ろを疲れた表情で写っているのです。
一人だけ満面の笑みの僕がまるで水戸黄門で、その後ろにスケさん、カクさんというような
写真でいまでも笑いのタネですが、
あの瞬間がまぎれもなく青春の1ページとなってしまったわけです。
(あの友人二人の表情を見ると、もしかするとゴールがもっと先ならいいのになんて考えを持っていたのは私だけだったかもしれません。)


私はまだ映画を見ていませんし、どんなストーリーなのか、面白いのかどうかすら知りません。
ただ映画のスナップ写真を見る限り、あの日の風景にそっくりであることは確かです。
もし、チャンスがありましたら一度ご覧になってみると、きっと私の文章だけでは伝えることができない、このイベントの雰囲気が味わえると思いますよ。

映画公式サイト ----- 夜のピクニック
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by naomedia | 2006-09-20 01:39 | 映画
モリー先生との火曜日 失った心を取り戻す
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このタイトル、みなさんご存知の通りのベストセラーの本ですが、
今回取り上げたいのは、その本が映像化された映画です。

私が初めてこの映画に出会ったとき、私はまだ高校生でした。
当時の私は、映画が好きで毎日、浴びるように映画を観ていましたが
感動して鳥肌が立つことはあっても、涙を流すことはまずありませんでした。
そんな私が、映画のなかで死に直面し、本人も死に寂しさを感じながらも
自分の考えを話し続ける大学教授の存在と、それに向き合いながら変化していく、
スポーツライターの気持ちに涙を流してしまった記憶があります。

とても好きな映画の1つで、いつも心のどこかでまた観たいなとずっと思っていましたが、
振り返ってみると、これまでこの映画を他の人に紹介したことは一度もありません。
理由は、もとがアメリカのTV映画として放送されたもので、日本でも劇場公開はなく、
NHKで放送されただけというとてもマイナーな作品であったということと、
DVDで発売もされてはいますが、なかなか店頭で見かけることがないという事情がありました。また、本のほうが有名であることから、わざわざ映画として紹介しなくてもと思い、
つい人に話すことなく隠れてきてしまった映画です。

そんな、隠れた感動作がいま(2月中)、インターネット放送のGyaOで見ることができます。
私はあまりGyaOを利用しないのですが、6年程前、ふとテレビで放送されていたこの映画に出会ったときのように、珍しくサイトを訪ねた際に、またこの映画と出会うことができました。

最初に見たときから6年。前回は、教授の存在感に惹かれた私ですが、
今回はこの物語の中で、教授と向き合い気持ちが変化していくスポーツライターの方に
釘付けになってしまいました。
この主人公は、スポーツライターという仕事柄、締め切りに追われ、身近な人とのコミュニケーションがおろそかになってしまっています。
そんな主人公に、今の自分が重なって見えてきてしまったのが、今回私がスポーツライターの方に注目させられた理由です。

「やらなければいけないから、やるしかない」
周りの人からは、やりすぎ、働きすぎといわれ、仕事を削るように言われるが、
一度依頼を断れば次の依頼はほぼ来ない。
そんな状況は、スポーツライターもデザイナーも一緒なんです。
自分では、精一杯幸せをつかむために生きているつもりなのに、
その分忙しくなりどんどん身近な人との「距離」は開いていってしまう。
6年前は、何をしているんだこの主人公はと思っていた人間に、今の私はなってしまっていることに気づかされました。


数年前、大学の教育関係の授業に講演に来た方がこのような言葉を
おっしゃっておりました。

私は、「忙しい」という言葉を使うのが大嫌いです。
「忙しい」という字は
「りっしんべん」と「亡くす」という字でできています。
りっしんべんは心という意味です。つまり忙しい状態とは心を失ってしまう。
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このような状況は、教育には絶対あってはならないことなので、
私は「忙しい」という言葉は使わないようにしているというのです。

残念ながら、そのときの講義の内容は忘れてしまいましたが、
この言葉は強烈に私の心に残りました。
この映画では、まさしく心を失ってしまった状況から、
死と直面した教授とのコミュニケーションをとることで、
徐々に心を取り戻し、自分の生きる目的を手に入れていく部分に
フォーカスをあて描いています。
僕も、心を失うだけではなく、生きる喜びを感じて生きていければ
なんて素敵なのだろうと、以前観たときとは別の視点で感動させられました。


前回の記事では映画「ミュンヘン」を取り上げました。
あの映画のコピーとして、「いま、世界に問う。真の平和とは」とありましたが、
利益追求主義の行き過ぎたことによる事件が多発している現代の日本において私は
「いま、世の中に問う。真の豊かさとは」というコピーで
この映画をみなさんに紹介したいと思います。

ぜひ、GyaOにて無料で観ることができますので、
この機会にご覧になってみてはいかがでしょうか。
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by naomedia | 2006-02-07 17:37 | 映画
ミュンヘン・・世界を視野にいれた互いの理解
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ミュンヘンを観てきました。
上映時間が長いと言われていますが、私の感想としては、
死と隣あわせの緊張が続き、中だるみなく観ることができました。
おそらくこの緊張感は、映画館だからこそ生まれるものだと思います。
少しでも観てみたいなと感じているのでしたら、ぜひ映画館で見て欲しい映画です。
また、この手の映画では、人間関係が複雑に絡みあい、
途中で話がわかりにくくなってしまいがちですが、
ストーリーを見失うこともなく、ストレートに観ることができました。

また、それ以上に
主人公の人間性の変化や、任務より帰りたいと感情になるなど
主人公と見ている私の感情が同化していく感覚になり不思議な感覚でした。

このところ、私のスピルバーグに対する評価は下がり気味でしたが、
複雑な背景、主人公の心理、長いストーリーながらもクリアで緊張感を切らせない
テンポのいい展開が、かなり力を入れて作ったことを感じさせられます。
もしこれから観に行こうと思っている人は、
このページを一度読んでおくとよりわかりやすく観ることができると思います。
(ネタバレにはなりませんので安心ください。)
ミュンヘンオリンピック事件・・・Wikipedia
ミュンヘンオリンピック事件のことを詳しく知らなくても、十分理解できますが
読んでおくとよりクリアに伝わると思います。


この映画の最も訴えたいこととして、
「戦いの無意味さ」ということであるとテレビなどでも取り上げられているます。
このテーマは見終わった後に、強烈に感じることができました。
そこで、その部分は映画に任せておくとして、
今回のコラムでは
その一歩先として”世界を視野にいれた相互の理解”を取り上げてみたいと思います。


今回の映画とは直接的な関係にはありませんが、911を取り上げた
「テロリスト」がアメリカを憎む理由 芝生瑞和著
という本の書き出しにこのような文章があります。
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これは、ジャーナリストとして可能な限り公平であろうと努めるための判断として
ロイターでは下されたました。ただ、ほとんどの通信社は普通に報道していたのでで、
中継で観ている時点で私たちは正義と非正義を決めて観てしまっていたわけです。

それは、このような国家的な問題に限らず、
1つのニュースにおいて、国によって報道のされ方が違うというところにも見て取れますね。
先日のライブドアの事件でも同じです。テレビのニュースの中でも各国での報道に差がありました。

このように新しいニュースが伝えられるたびに、
私たちはどちらかの立場に立ってみています。
もちろんある程度は仕方のないことですが、その報道には既にフィルターがかかっていることを認識し報道こそすべてとしてしまうのではなく、相手も同じ人間であること、
どうして憎み合わなければならないのか、どんな考えから来ているのかを
多くの人が知る必要があると感じさせられるようになりました。


すこし映画の話題からはそれてしまいましたが、
この映画は決してオリンピックでおきた事件がメインテーマではなく、
中東問題がメインのテーマでもないと感じています。
34年前に起こった問題を取り上げ、映画にすることで、
現在、世界が直面している問題に対して、必要なことを映画全体として伝えてきてると私は感じました。
そのようなメッセージは決して画面に文字では表記されていませんが、
それはきっと終盤の映画の舞台が私たちに明示しているのではないでしょうか。


参考文献
「テロリスト」がアメリカを憎む理由・・・中東問題に関して歴史も含めまとめてあります。
標的(ターゲット)は11人―モサド暗殺チームの記録・・・ミュンヘンの原作になった本 部隊の元メンバーの告白を基にしたノンフィクション
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by naomedia | 2006-02-04 22:15 | 映画
アメリカン・ホラーから見る社会
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僕はホラー映画がとても苦手です。
この記事では怖い話をするわけではありませんから安心して読んでください。
単なる映画と社会の分析です。

僕は日本のホラー映画はあまり見ません。
洋画でもサイコやスクリーム、ラストサマー等サスペンスホラーくらいです。
そんなホラー初心者の僕なのですが、アメリカに滞在したことで
何でホラー映画に日米の差が生まれ、人が何を恐れているのかに気づかされるました。

そもそも日米のホラーの差は、日本のものは精神的に恐怖に陥れるタイプでそれに対しアメリカのホラーはスプラッター(肉体的にダメージを与えられる)とよく言われます。
例にあげると、日本のものは鏡などに不思議なものが映ったりするパターンで
アメリカは、ジェイソンのように電動ノコをブンブン振り回してくる感じです。
(しかし、最近は日本のリメイクやM・ナイト・シャマランのような精神的なものも増えてきていますね)

この例からわかると思うのですが、日本の方が非現実的で、逃げようがない恐怖をあたらえられます。
ジェイソンも怖いですが、まだ実体として存在しているので逃げられるような気がします。
これが日本のホラーの方がはるかに怖いとされる要因だと思います。

でもこの恐怖、アメリカの田舎に滞在していたときに逆転したんです。
ジェイソンやスクリームの怖さが一気に理解できました。
実はアメリカのホラーの恐怖を導き出す一番の要因は”孤独感”なのです。

アメリカは日本とは比較にならない広大な国土に都市が点在しているので
どういうことが起こるかというと
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このように人が住むところは一部に限られてくるんです。
ちなみに僕が4日間滞在していたのは「牧場・畑」エリアにある果樹園で周りはブドウ畑ばかりで隣の家まで800メートルから1キロはありました。
もちろんその家にいくまでも夜になると街頭1つない真っ暗な道が延々と続きます。
(この環境は決して特別なものではなく、アメリカ人の大半の人はこういう環境で育ったり、滞在した経験を持っているんです)

こうなると孤独という恐怖感が自分の中に沸いてくるんです。
隣の家まで一キロもあると思うと、鏡に何かが映るというようなことよりも
家の外に変なものが来たらどうしようという方が怖いんです。
(このときの変なものとは、動物ではなくて変な人であったり、犯罪者だったり、
ジェイソンです。)

助けを呼んでももちろん誰にも聞こえませんし、パトカーを呼んでも時間がかかるので一人で逃げ切らないといけないと感じるのです。

これは移動中も同じで、車もたまにしか来ない道で、「ああ、ここで車が故障しちゃったらどうしよう」と思います。もし故障して車を待っている間に何か変なものに襲われるんじゃないかという気持ちになります。
ここまで来るとアメリカが銃社会なのも納得できました。

他の人が持っているからといって、なぜ一般の人まで銃を持ってしまうのか、
日本にいるときには理解できませんが、あの気持ちを味わうと銃を持つ理由も理解できます。

ただここで悲しい現実に気づかされました。
そのとき僕が恐れていたものは、孤独感から始まり、オバケを通して、最後は他の人を恐れていたんです。
つまり恐れているのは、オバケではなくて人間なんですよ。


銃社会への批判をテーマにした映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」のなかでこんな印象的なシーンがあります。
それはマイケル・ムーア監督がカナダに取材に行くのですが、カナダはアメリカと同じような国土で、同じくいくつかの人種が一緒に生活して、同じく銃をみんな持っているのに、アメリカに比べて遥かに事件は少ないということです。
つまり孤独感や、人種がたくさん入り混じって生活していることだけが銃社会を生み出している原因ではないんです。

アメリカに恐怖の根本として存在しているもの。
それは建国の時から、他人を信頼できないという気持ちをみんなが持ってしまっているという
信頼関係の薄さからきてるのではないでしょうか。
それが、映画などにも反映されているんだと思います。
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by naomedia | 2005-11-23 21:14 | 映画
ハリーポッターと共に成長すること
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ハリーポッターを見てきました。
久々に純粋に映画が楽しめた2時間50分でした。
魔法の世界に誘われるがままに、まるで夢をみているように
どっぷりと浸りながらみていました。

僕は映画の内容に関しては特に触れようとは思いません。
僕の言葉での説明よりも、皆さんが映画館のスクリーンで楽しんで下さい。
前評判がいいようにとても楽しめる映画ですよ。
ただ少しだけ特徴を上げさせてもらうと、観客から笑いが起こることが多いですね。
今までの作品にはなかったように感じました。
また、その逆として他の国では12歳以下の指定がついてしまったのも納得というように暗いシーンも含まれています。

皆さんもテレビなどで見ていてご存知の通りメンバーはみんな子どもから大人に成長してきています。
多くの人はちょっと残念な気持ちで、みんな大人になっちゃってって、少しイメージと違ってきちゃったと思っているのでないでしょうか。
それはきっと本の世界に忠実であって欲しいという気持ちを
みんなが一度は持っていたからだと思います。
僕自身、第1作目が公開されるときは自分の持っている世界観を壊したくないために
映画を見たくないという気持ちすらありました。
でもそんな”模写映像”を期待するという世の中の流れも徐々に変わりつつあります。
3作目あたりから物語の大きな流れも動きだし、少しずつ物語の核心に進むにつれて
ハリーも成長し、対面する問題も大きくなっていくんですよ。

そうなってくるといつまでも小学生のファンタジーであって欲しいという人にとっては
残念なことになってしまいますね。
ただその分、大人の視点で見ている僕たちにとっては、エキサイティングで楽しい映画になってきています。
今作の評判のよさは大人の気持ちをくすぐるようなところがより多く盛り込まれるようになったからではないでしょうか。

今回の映画の中のセリフにこんな一言があるのです
「皆、かわっていくのね」と
この言葉がハリーポッターという物語を映画で展開していこうということの本質を映し出していると思います。
実はこの映画とても不思議なことに、作ってる側もまだ結末を知らないんですよね。
作る側も、見る側も、実は物語を書いている書く側も、
みんな同じだけの時間を過ごして、一緒に物語の先に進んでいくことが、
多くの人の心を、長い間ひきつけている面白さなのではないでしょうか?


ハリーポッターのその他の記事はこちらで見ることができます。
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by naomedia | 2005-11-20 03:31 | 映画
ハリーポッターとスターウォーズの意外な関係
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今年は夏にSTARWARS EPISODE3、冬にハリー・ポッター4の公開と大ヒット作の続編の公開が続いていますね。

この2作品、テーマは魔法と宇宙。ジャンルはファンタジーとSF。
登場人物はハリー・ポッターとダース・ベイダー。純粋な主人公と悪に変わってしまう主人公。
全く持って共通点がないように思えます。
まあ、すぐに思いつく共通点といえば連作公開されるシリーズ作品であることとCGをフルに使った映画であることということでしょうか。

このように全く共通点のない作品に見えますが、少し視点を変えて見ると多くの共通点があるんです。
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まず1つ目に、2つの映画とも(注1)一人の人生をつずった映画シリーズとなっています。一人はハリーポッターでもう一人がアナキン・スカイウォーカーです。
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注1(スターウォーズはジョージ・ルーカスの意向によってこれ以上の作品を映画公開しないため、現時点ではアナキン・スカーウォーカーが生まれてから最後に死ぬまでの期間が映画化されています。)
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そして二つの世界にはそれぞれ”魔法”と”フォース”と呼ばれるものが存在し、それをいかに操るかで話が展開していきます。
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※ジェダイ・・ライト・セーバーを使い世界を守る人たち
フォースの方が、アジアの思想に見られる”気”のように精神的なものを取り入れているのでより体に染み付いている傾向があります。(例:テレパシー・気配)
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そしてこれらの魔法とフォースを操るものとして登場するのが杖とライト・セーバーです。
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※ライト・セーバー・・・よくCMなどでも見る光る剣
ライト・セーバーは一部の人しか持てないという点が、江戸時代の士農工商の武士の身分を意識したように思える。
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ここまでは、映画の中でのキャラクターの設定ですが、映画の構成にも似た点があります。
それはともに映画の中に空中戦が盛り込まれている点です。
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ただ二つとも共通して肉体のみでは空を飛べないため空・宙を飛ぶ道具として
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が用意されており、また興味深いことに、二人とも空(宙)を飛ぶことを人一倍得意としている。二人とも生まれもって飛ぶ才能を強くもっているんですよ。
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そして物語にはとても大きな悪の存在があり、共通点としては、二人とも大きな力を持っているが正の世界に対して負の世界におりなかなか姿を見せないんです。
そして、特に興味深いことは二つとももとは正の世界の同じところ出身であります。
少し難しい話になってしまいますが、
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このように、たもとは一つであるが分裂したものが正と悪として長年存在してきたことが物語のベースになっています。
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また、ハリーとアナキンに話は戻りますが
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というように、これらの時代背景をよく知っている、その時代にはこれ以上の生き証人はいないという指導者がついているんです。
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でもこのあたりからお互いの映画の大きな差が生まれてきます。
つまりハリーは順調に成長し、アナキンは道を誤ってしまうということです。
まあ本人たちの性格の差といってしまえばそこで終わってしまうのですが、
アナキンに関しては直接的な指導者がヨーダではなく経験の浅いオビ=ワンであったことや、本人の才能のうぬぼれがあげられます。
そして二人の教育環境の差も要因の1つです。
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ただこれを集団教育と個別教育の差とまとめるのは大きな間違いだと思います。なぜなら、現代の日本の教育現場で起きている問題の多くは集団教育の環境で起きており
より一人一人の心にダイレクトに届く教育ができれば防げることもあるからです。
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このように、二つの映画ともいろいろ分析してみると共通点も多く、またその中に存在する差からストーリー展開の差も見えてきますね。
これから公開されるハリーポッターですが、これらの情報を加えて、すこし視点を変えて見ると映画の見え方も変わってきて面白いかもしれませんね。
他にも類似点のある映画もあるかも知れないので探してみたいと思います。


(以上の内容はあくまで僕自身の見解で間違った点もあるかもしれません)
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by naomedia | 2005-11-17 02:07 | 映画
コーチ・カーターという映画
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先日アメリカから帰ってくる機内で「コーチ・カーター」という映画を見ました。(予告編はこちらからみることができます)

内容は一言で説明できます。コーチ・カーター=「スクールウォーズ アメリカ版」(もうのこ時点でネタバレですね。ごめんなさい)
99年に実際にアメリカの高校でおき、全米で話題となった実話をもとにしているようですが、スポーツはラグビーではなく、バスケットボールです。
日本では8月6日から公開が始まるようですが、映画館で必ず見たいと感じるほどではありません。まあ、”スクールウォーズ アメリカ版”という言葉に集約されてますが、ストーリーは極ありふれたものでだからです。

ただ話の内容にはいくつか考えさせられるものがありました。あまり映画館で公開されないのかも知れませんが、ぜひビデオでもいいので見てみるといいと思います。
普通のスポーツドラマなら弱小チームが最後に優勝してエンドロールへですが、この映画は”勉強”もテーマに盛り込んでいるのです。
”勉強しなさい”と映画を見ている間中いわれます。この点がすごく考えさせられる映画です。
登場してくるコーチが「今過ごしている時間は人生の中ではほんの一部だ」という考えを持っているのです。たとえ高校生のスポーツで素晴らしい活躍をしても、それは極短い期間であり、プロにいけるのも極々少数。そうではなくて、スポーツと勉強でチャンスをつかみ、今後の将来も設計しろというメッセージが含まれています。
コーチの言葉は生徒だけでなく、見ている側にも人生により高い目標を持てと訴えかけてきます。


この映画の面白い点は、MTVが制作した映画で、映像や音楽をスタイリッシュにまとめたところだと思います。
とても教育的な内容が、ティーンエイジャーがみても見やすい映画として作られているんです。これは同年代の心に何かを考えさせる事ができるのではないかと期待感がもてました。
真面目すぎる、説教じみてる内容かも知れないですが、そんな映画をMTVがテーマに選んできたことにまず興味を惹かれました。
文部省推薦映画はどうしても子どもよりも大人が見るようなおとなしい映画になってしまうことがありますが、こういう映画を選考に入れてみてもいいのではないかと個人的には感じます。
舞台にはスラム街の話が入っていたりと極端なところは多々ありますが、確かに僕が高校生の頃は気づいていなかった”服装の大切さ”など様々な要素が含まれているので、いろいろ気づかせられる映画だと思います。

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by naomedia | 2005-07-19 00:41 | 映画