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今日の1曲は何ですか?
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今から約7年前、コンビニに500mlのペットボトルが置かれるようになり、
私たちのジュースの買い方は大きく変わりました。

それまでは缶か紙パックだったため、その場で飲みきらないといけないのが普通でした。
それが500mlのペットボトルの登場で自由に持ち運びができるようになり、
ジュース1日1本の時代に突入しましたように思います。

おそらく多くの人がそうであると思うのですが
朝、コンビニなどに寄ったとき
「今日は何のジュースにしようかな?」と考えていると思います。
例えば、さっぱり緑茶にしようかな?それとも、少し甘めな感じで紅茶かな?
たまには、甘い飲み物でオレンジにしてみようかなという感じでしょうか。

そんな感覚と似た現象が、今、音楽の世界で起ころうとしているのではないかと
感じさせられます。
それは、8月に日本でもオープンしたiTunesMusicStoreを代表とするネットの
楽曲配信サービスです。(以下iTMSと表記)

今回は利用者が多いと思われるiTMSを取り上げて話を進めたいと思います。
<iTMSにアクセスするためには、iTunes(無償)をダウンロードする必要があります>
iTMSで配信される1曲の標準価格は150円と500mlペットボトルと同じ値段です。
クレジットカードでも買えますが、セブンイレブンでも発売が始まった専用の
プリペードカードを買って登録すると初心者でも簡単に購入することができます。
僕もこのカードを使って買い始めたのですがそのときに新しい買い方が生まれてきたのです。

それは今まで音楽を買うときには、CDアルバムで買うことが多かったので
1曲を手に入れるにもまとめて買うしかありませんでした。
そのことからか 音楽=高い という印象もありました。
また、音楽を手に入れるにもCDショップに行かなければならないので、
週末に音楽を手に入れるという印象があります。

しかし、iTMSが始まった後は、パソコンで仕事を始める前に、
今日は元気に作業がしたいからロックっぽい曲がいいなと思ったり、
少し切ないくらいの曲が今聞きたいなと思うとR&Bを選んで購入していたりするのです。
プリペードカードを使用するとMusicStoreに料金がストックされていますから
クリックすれば簡単に音楽がダウンロードできるのです。
手間がかからない、そして安さがこの購入スタイルを生んだ要因でしょうね。

ただ、少し残念なのはまだ音楽数が充実しているとはいえないところがあることです。
ヒット曲は抑えられているのですが、メディアプレーヤー業界で、appleのライバルであるsonyのレコード会社に所属しているアーティストの曲がまだ売られていなかったり、検索しても出てこない曲がたくさんあります。(sonyに関しては今後の参加が決まっています。)
また、売り上げのいい曲は値上げも検討されているというのが少し残念です。


どんなときに人は音楽を聴くのか?
そんなことを以前考えたことがあります。
その答えには暇つぶしなどいろいろありますが、大きな理由の一つとして、
音楽とは、人が気持ちを切り替える手段としてよく使う方法だと思います。

今日、こんな気持ちで1日を過ごしたいなとイメージしてその曲を買う。
そんな新しい音楽との付き合い方も楽しいですよ。
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by naomedia | 2005-11-27 01:04 | 音楽
アメリカン・ホラーから見る社会
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僕はホラー映画がとても苦手です。
この記事では怖い話をするわけではありませんから安心して読んでください。
単なる映画と社会の分析です。

僕は日本のホラー映画はあまり見ません。
洋画でもサイコやスクリーム、ラストサマー等サスペンスホラーくらいです。
そんなホラー初心者の僕なのですが、アメリカに滞在したことで
何でホラー映画に日米の差が生まれ、人が何を恐れているのかに気づかされるました。

そもそも日米のホラーの差は、日本のものは精神的に恐怖に陥れるタイプでそれに対しアメリカのホラーはスプラッター(肉体的にダメージを与えられる)とよく言われます。
例にあげると、日本のものは鏡などに不思議なものが映ったりするパターンで
アメリカは、ジェイソンのように電動ノコをブンブン振り回してくる感じです。
(しかし、最近は日本のリメイクやM・ナイト・シャマランのような精神的なものも増えてきていますね)

この例からわかると思うのですが、日本の方が非現実的で、逃げようがない恐怖をあたらえられます。
ジェイソンも怖いですが、まだ実体として存在しているので逃げられるような気がします。
これが日本のホラーの方がはるかに怖いとされる要因だと思います。

でもこの恐怖、アメリカの田舎に滞在していたときに逆転したんです。
ジェイソンやスクリームの怖さが一気に理解できました。
実はアメリカのホラーの恐怖を導き出す一番の要因は”孤独感”なのです。

アメリカは日本とは比較にならない広大な国土に都市が点在しているので
どういうことが起こるかというと
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このように人が住むところは一部に限られてくるんです。
ちなみに僕が4日間滞在していたのは「牧場・畑」エリアにある果樹園で周りはブドウ畑ばかりで隣の家まで800メートルから1キロはありました。
もちろんその家にいくまでも夜になると街頭1つない真っ暗な道が延々と続きます。
(この環境は決して特別なものではなく、アメリカ人の大半の人はこういう環境で育ったり、滞在した経験を持っているんです)

こうなると孤独という恐怖感が自分の中に沸いてくるんです。
隣の家まで一キロもあると思うと、鏡に何かが映るというようなことよりも
家の外に変なものが来たらどうしようという方が怖いんです。
(このときの変なものとは、動物ではなくて変な人であったり、犯罪者だったり、
ジェイソンです。)

助けを呼んでももちろん誰にも聞こえませんし、パトカーを呼んでも時間がかかるので一人で逃げ切らないといけないと感じるのです。

これは移動中も同じで、車もたまにしか来ない道で、「ああ、ここで車が故障しちゃったらどうしよう」と思います。もし故障して車を待っている間に何か変なものに襲われるんじゃないかという気持ちになります。
ここまで来るとアメリカが銃社会なのも納得できました。

他の人が持っているからといって、なぜ一般の人まで銃を持ってしまうのか、
日本にいるときには理解できませんが、あの気持ちを味わうと銃を持つ理由も理解できます。

ただここで悲しい現実に気づかされました。
そのとき僕が恐れていたものは、孤独感から始まり、オバケを通して、最後は他の人を恐れていたんです。
つまり恐れているのは、オバケではなくて人間なんですよ。


銃社会への批判をテーマにした映画「ボーリング・フォー・コロンバイン」のなかでこんな印象的なシーンがあります。
それはマイケル・ムーア監督がカナダに取材に行くのですが、カナダはアメリカと同じような国土で、同じくいくつかの人種が一緒に生活して、同じく銃をみんな持っているのに、アメリカに比べて遥かに事件は少ないということです。
つまり孤独感や、人種がたくさん入り混じって生活していることだけが銃社会を生み出している原因ではないんです。

アメリカに恐怖の根本として存在しているもの。
それは建国の時から、他人を信頼できないという気持ちをみんなが持ってしまっているという
信頼関係の薄さからきてるのではないでしょうか。
それが、映画などにも反映されているんだと思います。
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by naomedia | 2005-11-23 21:14 | 映画
ハリーポッターと共に成長すること
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ハリーポッターを見てきました。
久々に純粋に映画が楽しめた2時間50分でした。
魔法の世界に誘われるがままに、まるで夢をみているように
どっぷりと浸りながらみていました。

僕は映画の内容に関しては特に触れようとは思いません。
僕の言葉での説明よりも、皆さんが映画館のスクリーンで楽しんで下さい。
前評判がいいようにとても楽しめる映画ですよ。
ただ少しだけ特徴を上げさせてもらうと、観客から笑いが起こることが多いですね。
今までの作品にはなかったように感じました。
また、その逆として他の国では12歳以下の指定がついてしまったのも納得というように暗いシーンも含まれています。

皆さんもテレビなどで見ていてご存知の通りメンバーはみんな子どもから大人に成長してきています。
多くの人はちょっと残念な気持ちで、みんな大人になっちゃってって、少しイメージと違ってきちゃったと思っているのでないでしょうか。
それはきっと本の世界に忠実であって欲しいという気持ちを
みんなが一度は持っていたからだと思います。
僕自身、第1作目が公開されるときは自分の持っている世界観を壊したくないために
映画を見たくないという気持ちすらありました。
でもそんな”模写映像”を期待するという世の中の流れも徐々に変わりつつあります。
3作目あたりから物語の大きな流れも動きだし、少しずつ物語の核心に進むにつれて
ハリーも成長し、対面する問題も大きくなっていくんですよ。

そうなってくるといつまでも小学生のファンタジーであって欲しいという人にとっては
残念なことになってしまいますね。
ただその分、大人の視点で見ている僕たちにとっては、エキサイティングで楽しい映画になってきています。
今作の評判のよさは大人の気持ちをくすぐるようなところがより多く盛り込まれるようになったからではないでしょうか。

今回の映画の中のセリフにこんな一言があるのです
「皆、かわっていくのね」と
この言葉がハリーポッターという物語を映画で展開していこうということの本質を映し出していると思います。
実はこの映画とても不思議なことに、作ってる側もまだ結末を知らないんですよね。
作る側も、見る側も、実は物語を書いている書く側も、
みんな同じだけの時間を過ごして、一緒に物語の先に進んでいくことが、
多くの人の心を、長い間ひきつけている面白さなのではないでしょうか?


ハリーポッターのその他の記事はこちらで見ることができます。
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by naomedia | 2005-11-20 03:31 | 映画
ハリーポッターとスターウォーズの意外な関係
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今年は夏にSTARWARS EPISODE3、冬にハリー・ポッター4の公開と大ヒット作の続編の公開が続いていますね。

この2作品、テーマは魔法と宇宙。ジャンルはファンタジーとSF。
登場人物はハリー・ポッターとダース・ベイダー。純粋な主人公と悪に変わってしまう主人公。
全く持って共通点がないように思えます。
まあ、すぐに思いつく共通点といえば連作公開されるシリーズ作品であることとCGをフルに使った映画であることということでしょうか。

このように全く共通点のない作品に見えますが、少し視点を変えて見ると多くの共通点があるんです。
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まず1つ目に、2つの映画とも(注1)一人の人生をつずった映画シリーズとなっています。一人はハリーポッターでもう一人がアナキン・スカイウォーカーです。
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注1(スターウォーズはジョージ・ルーカスの意向によってこれ以上の作品を映画公開しないため、現時点ではアナキン・スカーウォーカーが生まれてから最後に死ぬまでの期間が映画化されています。)
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そして二つの世界にはそれぞれ”魔法”と”フォース”と呼ばれるものが存在し、それをいかに操るかで話が展開していきます。
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※ジェダイ・・ライト・セーバーを使い世界を守る人たち
フォースの方が、アジアの思想に見られる”気”のように精神的なものを取り入れているのでより体に染み付いている傾向があります。(例:テレパシー・気配)
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そしてこれらの魔法とフォースを操るものとして登場するのが杖とライト・セーバーです。
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※ライト・セーバー・・・よくCMなどでも見る光る剣
ライト・セーバーは一部の人しか持てないという点が、江戸時代の士農工商の武士の身分を意識したように思える。
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ここまでは、映画の中でのキャラクターの設定ですが、映画の構成にも似た点があります。
それはともに映画の中に空中戦が盛り込まれている点です。
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ただ二つとも共通して肉体のみでは空を飛べないため空・宙を飛ぶ道具として
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が用意されており、また興味深いことに、二人とも空(宙)を飛ぶことを人一倍得意としている。二人とも生まれもって飛ぶ才能を強くもっているんですよ。
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そして物語にはとても大きな悪の存在があり、共通点としては、二人とも大きな力を持っているが正の世界に対して負の世界におりなかなか姿を見せないんです。
そして、特に興味深いことは二つとももとは正の世界の同じところ出身であります。
少し難しい話になってしまいますが、
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このように、たもとは一つであるが分裂したものが正と悪として長年存在してきたことが物語のベースになっています。
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また、ハリーとアナキンに話は戻りますが
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というように、これらの時代背景をよく知っている、その時代にはこれ以上の生き証人はいないという指導者がついているんです。
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でもこのあたりからお互いの映画の大きな差が生まれてきます。
つまりハリーは順調に成長し、アナキンは道を誤ってしまうということです。
まあ本人たちの性格の差といってしまえばそこで終わってしまうのですが、
アナキンに関しては直接的な指導者がヨーダではなく経験の浅いオビ=ワンであったことや、本人の才能のうぬぼれがあげられます。
そして二人の教育環境の差も要因の1つです。
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ただこれを集団教育と個別教育の差とまとめるのは大きな間違いだと思います。なぜなら、現代の日本の教育現場で起きている問題の多くは集団教育の環境で起きており
より一人一人の心にダイレクトに届く教育ができれば防げることもあるからです。
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このように、二つの映画ともいろいろ分析してみると共通点も多く、またその中に存在する差からストーリー展開の差も見えてきますね。
これから公開されるハリーポッターですが、これらの情報を加えて、すこし視点を変えて見ると映画の見え方も変わってきて面白いかもしれませんね。
他にも類似点のある映画もあるかも知れないので探してみたいと思います。


(以上の内容はあくまで僕自身の見解で間違った点もあるかもしれません)
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by naomedia | 2005-11-17 02:07 | 映画
世界で最も美しいものとはなんでしょう?
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あなたは、この言葉を読んだとき、
世界で最も美しいものに何を想像しましたか?

見えない、触れなれないというならば、
「やさしさ」や「愛」を思い浮かべた人もいるでしょう。
または、前回の記事に取り上げた盲目のアーティスト
Raul Midonの「音楽」を思い浮かべた人もいるかもしれません。
きっとこの答えは、人それぞれ違うものだと思います。

僕はこの言葉と出会ったとき、「愛」のすばらしさを詠った詩だなと思いました。
特に惹かれたことはこの言葉の中に「愛」という言葉を一言も使わずに、
読み手にやさしさや愛のすばらしさを伝えてくる点です。
読み手に愛や優しさかな?とイメージさせることで、それらが持つ良さを心に強く訴えてくるのだと思います。


僕はこの言葉にアメリカ滞在中に出会いました。
部屋の壁にプレートとして飾ってあったのですが、不思議なことに毎日その言葉を眺めているとその言葉の捉え方が変わっていったのです。
どのように変化したかというと、「いくら見た目がかっこいいデザインを作っても、いくらいいカタチを造形しても、人の心を動せてこそ、本当に美しいものなのだ。」というイメージです。

e0011904_17295.jpgこの発想は、僕がデザイナーのタマゴあるという立場から生まれてきたものなのではないかと思います。
すごくいい言葉だなと感じているうちに、少しでも美しいものを目指して作っているデザイナーやアーティストに対しての挑戦状なんじゃないかと感じるようになったのです。
もしこの言葉に、今日初めて出会った人は
この言葉を少し心にとどめておくと、僕と同じように別の捉え方が見えてくるかもしれません。僕は10日後位に新しい捉え方が生まれてきました。


もし「あなたが今一番欲しいもの、または必要なものは何ですか?」と聞かれたら
私たちは、「特にないかな」と答えたり、
「iPod」というように目先のモノをイメージしてしまうでしょう。
でも、「目にも見えないし、触れられない、でも世界で最も美しいものは何ですか?」と質問されると心の奥底で感じている、
自分が今一番、欲しているものや必要と思っていることをイメージするのではないかと
僕は思いました。
その答えは、今いろいろ大変な状況にいる人は「努力」と答える人もいるでしょうし、
子どもがいる人でしたら「愛情」と答えるのかなと僕は想像しています。
僕の場合は、今は大学の卒業を間近に控えた状態でこの言葉に出会ったので、早く一流のデザイナーになりたいという気持ちが、上記のようなイメージを持たせたのだと思います。
みなさんがもし新しい捉え方ができたなら、書き手の僕としては嬉しい限りです。

ここまで、この言葉の作者をご紹介しませんでしたが、この言葉、誰の言葉だと思いますか?
実は、ヘレン・ケラーの言葉なのです。
飾られていたプレートには作者の名前が彫られていなかったので、しばらくの間、僕も作者を知りませんでした。
しかし気になったので、「これはアーティストへの挑戦状なの?」と冗談交じりに
質問をしたとき、ヘレン・ケラーの言葉だよと教えてくれたのです。そのときは、自分が浅はかな質問をしてしまったなと反省の気持ちにさせられました。

ヘレン・ケラーは、皆さんもご存知の通り、一度も美しい世界を見たことがありませんし、
美しい音楽も鳥のさえずりも聞いた事がありません。コミュニケーションをとることも困難です。
そのことを他の人は、それをかわいそうというように哀れみの感情で捉えますが、
ヘレン・ケラーは最も美しいものは心で感じられるものといったのです。

もしこの言葉を最初に知ったとき、そんなことはない。美しい風景や宝石こそが世界で一番美しいと多くの人が思っていたならば、この言葉は名言として残らないでしょう。
でも、ヘレン・ケラーの言葉と知らなくてもこの言葉に感動できる、
考えさせられることがあるという事実が、
この言葉が私たちが気づいていない日常生活にある愛を投影してくれている
結果なのかもしれませんね。
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by naomedia | 2005-11-06 01:08 | カルチャー・エデュケーション