ペットブームともうひとつの背景
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前回は、ペットから気づかされたアメリカ人の退職後の様子を書きましたが、
今回は、同じくペットから気づかされた
日本の現状について書いてみたいと思います。

日本でにおける最近のペットブームには本当に驚かされることが多々あります。
特に犬に関してですが、室内で飼う傾向が強くなり
服を着せたり、食事の多様化、ペットのためのエステのようなサービスまで始まり、
ペットから家族の一員へとその地位を確実に高めてきております。
(これらのことは、普段の生活を豊かにすばらしいことだと思います。)
このような流れが起きているのは、室内で飼い易い、ミニチュアダックスやチワワのような小型犬の普及が大きいと思うのですが、
もう1つの側面が、この流れの背景にあるのではないかということに気づかされました。

その背景とは少子化です。
この10年で日本の出生率は大幅に減少しています。
今の日本では子どもが減り、ペットが増えていっているわけです。
この二つの傾向を結びつける根拠はありませんが、
子どもが1人ではどこか寂しいから、ペットでもという傾向がどこかに生まれてきているのではないかと感じさせられます。
ペットが増える理由のひとつにアメリカの退職後の生活と同様に
"寂しさ"が日本の家族の中にも生まれてきているのではないでしょうか。
アメリカの場合には近くに親族がいないからでしたが、日本では子どもは1人以上は経済的に厳しいという意識が広まりから子どもが少なくなり、
その分、余裕のある生活がしたいという希望から豊かさのイメージの強いペットを飼うという傾向が強くなっていっているのではないかと感じるのです。


今回私がアメリカに滞在していて一番驚かされたことは文化の違いなどではなく、街中で子どもに頻繁に出会うという体験でした。
私が幼かった頃、約20年前になりますが、街にはもっと子どもがいたという記憶が急に蘇らされたのです。
子どもが少ない少ないといわれるよりも、少ないことが日常となってしまった日本に住んでいる私にとっては、逆に多かった頃と同じよう経験をすることが、
今、日本において本当に子どもが少ない状態なのだなと強烈に感じさせられました。

アメリカの良い面も悪い面も見てきているので、欧米の方法を真似ることだけが良い解決策だとは思いませんが、日本における少子化のネックになっているのは膨らんだ教育費の負担が問題だと思っています。
私立大学にいくことこそが良いとされているアメリカにおいて、日本ほど深刻な少子化になっていないのにはそれなりのサポートや、奨学金の制度があるからだと感じさせられるところがあります。
出産費が無料になるというな最初だけのサポートをだけではなく、その後のことが最も解決していかなければならないのではないかと感じます。


ペットから気づかされた社会について、ペット自体からは少し離れ書いてきましたが、
確かなことはどんなときでもペットは寂しさや、疲れた人の心を和ませてくれ、生活を豊かにしてくれるいつの時代もどんな場所でも人間を支えてくれるパートナーということです。
家庭内では家族とペットの境界がなくなりつつあり、世の中では格差社会が来ると言われ続けていますが今後もこの大切なパートナーである、ペットを飼うことができる、余裕のある社会が今後も発展していって欲しいと思います。
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# by naomedia | 2006-09-10 02:21 | カルチャー・エデュケーション
ネコの多い街
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「ペット大国アメリカ」ということを耳にすることがありますが、
実際、私がカリフォルニアに滞在していたときに多くのペットと出会いました。
私は約10数世帯の知人がおりますが、そのほとんどの家庭で
犬か猫を飼っており、人の名前を覚えるだけで大変なのに、加えてペットまで紹介されるので名前を覚えるのは一苦労という感じです。
特に犬は多く、日本よりもとても多い印象があります。
犬は飼い主と一緒にパーティや会社、または街を散歩していたりと出会う機会も多いためそのような印象につながってきたのかも知れません。(私が滞在していた地域が、比較的裕福な地域であったことも関係していると思います。)

そんな犬が多い環境において、
私がよく訪れる地区の1つにとても猫の多い地区があります。
その地区を歩いてみると、犬はいないのに、頻繁に日向ぼっこや
散歩をしている猫、また窓から外を覗いている猫に出会うのです。
「ここの住民の人は猫が好きな人が多いんだな」と最初は思っていたのですが、
何度かその地区を訪ねているうちにその街の持つ背景が見えてきました。


それは、そこの住民の多くが退職者が占めているという事情です。
アメリカには「老後は気候が良い、フロリダかカリフォルニアで」という退職後の
ライフプランがよくあるといいますが、まさしくその人々の考えで生まれてきた
地区だったのです。

退職後に、これまで縁もない地域で生活をしていくのですから、
自分たちの子どもや親戚は飛行機でないといけないような地域に住んでいるというように離れて暮らす人も多いですし、2人だけの生活も寂しいということでペットを飼う人が多いのも自然なことなのでしょう。
また飼い主が高齢であるため、散歩や鳴き声、しつけが大変な犬よりも
飼うのが楽な猫の方が増えていったのだろうと徐々に気づかされるようになりました。
そのようにして猫の多い街という印象を持つ街になったのです。

退職後の人が多く住む地域ですから、そこにはやはり悲しい現実があり、
毎月1人は誰かが亡くなるという現実を聞かされました。
そうなると、とても寂しい街に映ってしまうかもしれませんが、決してそんなことはありません。
日本のイメージからすると、年を取った方々が多い地域 = 過疎 というような印象がありますが、車で5分も走ればそこには30~50代の人が家族と住む地区があり、まるで映画の「ベートーベン」や「back to the future」に出てくるような街が広がっているので過疎地と言うような印象は全くありません。似た境遇の人がまとまって住んでいるとてもバランスが取れた地域でした。
また80才過ぎのお婆さんが自転車をこいでエクササイズをしていたり、
私の知人でやはり80才近いお爺さんですが、バイクが大好きで、よく
「ちょっと走ってくる」と言って、ハーレーにまたがって走っていってしまったりしました。
まあそこまでいかないにしても、デッキで夕涼みをしていたり、
家庭菜園を作ったりと、病院に通うことが多くの割合を占めている日本と比べると、
それぞれ老後を満喫している様子が見て取れました。


日本でも団塊の世代が退職をするとされるここ数年において、
「老後はフロリダかカリフォルニアで」とまではいきませんが、
似たものとして、「老後は田舎で」という流れは起きてきていますね。
最近、そのあたりにフォーカスを当てたテレビ番組をよく目にします。
では日本でも同じように猫が増えるのでしょうか?
きっと猫はそんなに単純に増えないでしょう。
ただ、既にまた別の流れが日本でもおきていると、
ペットを通して気づかされたことがあります。
そのことについては、長くなってしまうのでまた次の機会に書きたいと思います。
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# by naomedia | 2006-09-06 19:37 | アメリカ
焚き火の持つ力
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火はものを焼き、人を暖め
料理の味を変え、暗闇に明かりを灯し安心も与えてくれます。

人間は火の持つ熱や光を活用し、生活に活用してきましたが、
火には意外に気づかない他の力があるのではないかと
キャンプファイヤーをしているときに気づかされました。

その力とは焚き火には人の心を開かせてくれる効果があるのではないかということです。これはレストランで灯っている蝋燭なども似たような力を持っていると思います。
暗闇の中で燃えるほのかな火はそばにいる人間を安心させリラックスさせてくれます。
これは、蛍光灯よりも、電球の方が人の心をリラックスできるというところにも見て取れるでしょう。

でも焚き火を前にすると、このリラックスの状態とはまた少し違った感覚を火は私たちにもたらしてくれると思います。
夜、キャンプファイヤーのように火を囲んでいると、人は自然と誰に教わったわけでもなく話をしはじめ、その内容はどこかしんみりとし、聞き手は相手の話に真剣に耳を傾け、そのうち聞き手に回っていた人間も自分の話もしたくなるものではないでしょうか。
私の経験からするとその状況で話すテーマは人生や将来、またはこれまでの経験の話をすることが多い気がします。

どうして、炎を眺めているとあのような心を開く状況になってくるのでしょうか。
私が例に挙げている焚き火はキャンプファイヤーのような比較的暖かい季節に取り囲んでいることをイメージしているので気候や自然の中での雰囲気が人の気持ちを開放的にしてくれているということも考えられます。
現時点では、私も心を開く状況を作り出す要因はわかりませんが、ひとつ感じているのはあの炎の"ゆらぎ" そしてほのかに伝わってくる"暖かさ"が関係しているのではないかと感じています。

e0011904_22163290.jpg心を開く状況を作り出すひとつの要因として、
まず焚き火の作り出すあの明かりとほのかな暖かさが心をリラックスさせ、そして
炎の持つ揺らぎが話し手の顔をドラマチックに映し出し、話をとても感傷深く聞かせてくれ聞き手を引き付けるのでないかと思うのです。
それらの効果が次第に、話し手には自分の話をとてもよく聞いてくれているという印象を与え、話を続けやすくしますし、聞き手には、話し手が普段、自分に普段は話さないようなことを一生懸命話してくれているという印象を与え、真剣に耳を傾けお互いが心を開いて打ち解けられる心地よいシチュエーションを炎が作り出してくれるのではないかと思います。

もう夏も終わりに差し掛かり、キャンプファイヤーをするような機会も少ないでしょうが、もし焚き火を囲んで話をする機会がありましたら、そんな心地よさを感じてみてください。

親子同士のコミュニケーションが不足し、それが原因で、家族の中で殺人がおきてしまうような最近において、リビングのソファーで話をするだけでは、普段閉じてしまっているお互いの気持ちを開くのにいたっていないような気がします。
それでは、いくら長い時間接していても心の共有にいたっていないのではないでしょうか。
お互いの心をうまく開く手段のひとつにキャンプでした焚き火のように、うまくお互いの心を開き合える状況を作り出すことも今の生活には必要なのかもしれません。
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# by naomedia | 2006-09-02 23:02 | カルチャー・エデュケーション
ふと足元に目をやると・・・
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近くの広場などを通りかかると、シロツメクサがたくさん咲いていますね。
雑草というイメージからか気づかずに通りすぎてしまうものですが、
じっくり眺めて見ると意外ときれいな花であることに気づかされます。

シロツメクサという名前からか、それとも立って眺めていると白にしか見えないせいか
真っ白なイメージがありますが、
実はしゃがんでよく眺めていると、中にはうっすらとピンク色をしているものがあります。
私はこのうっすらとしたピンクに気づいたときに、ふとペリカンの姿が頭に浮かんできました。
この若干色づいたピンクがペリカンの羽の色と似ていたからです。


e0011904_2325270.jpgただ、このイメージのリンクは、色のみから来ているものではありません。
それは、ペリカンというと白くてくちばしが大きいというイメージを持っていますが、
私が初めて動物園で出会ったとき、「あれ、白じゃなくてピンクだ」という印象を受けたからです。

そのときケージに書いてあった名前は「モモイロペリカン」で、ペリカンのなかでも、ピンクの羽を持っている種類だったのですが、白だと信じていて、よく見てみるとピンクだったという頭の中に追いやられていた記憶がシロツメクサを見た瞬間に呼び戻されたのです。(残念ながら左の写真のモモイロペンギンではあまりピンクが写りませんでした。)
普段、咲いてきても気にもとまらない、それどころか踏みつけてしまっていることもあるだろう小さな草が私の記憶を呼び戻す鍵になりました。


自分が意図しないところに勝手に生えてくる草をみるとつい"雑草"という認識になり邪魔な存在と認識していまいますが、
なかには育てている花間違ってしまうような美しさを持っているものもあります。
1歩足を止めると気づくことができる、そんな小さな美しさを楽しんで見てはいかがでしょうか。



せっかくきれいなものを見つけても、雑草と分類されてしまうとその草を知るときにどんな種類なのか知るのか難しいときがあります。
そんなとき、私はこのようなサイトで簡単に見つけることができ重宝しています。
もし何か見つけたときにはご覧になってみてください。

参考サイト・・・JA淡路 日の出 雑草図鑑
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# by naomedia | 2006-06-06 23:06 | カルチャー・エデュケーション
ゴリラに気付かされたこと
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「ほーら、ライオンさんがいるよ~」
「キリンさん、首が長いね~」

こんな会話を動物園へ行くと良く耳にしますが
ゴリラというと人気者ではありますが、一目見たときの印象が強い動物ではありませんね。
でも、私は動物園でゴリラを眺めているのがとても好きです。
今回はゴリラについて書いてみようと思います。

ゴリラを好きな動物だと、他の人に言うとよく驚かされるのですが
ゴリラを眺めるのは、サル山を眺めているのと同じで、
ぱっと見たときの華やかさはありませんが、見ている時間がたてば立つほど
その場を離れられなくなる不思議な魅力を持っています。


e0011904_1523496.jpgゴリラの魅力はなんといっても、
感情が豊かなことです。
普通、動物を見ていると、喜びや怒り、
また回数は少ないですがおびえなどを見て取ることができますが、哀しみの表情をみてとれる動物はそう多くはありません。
しかしゴリラは、落ち込んでいるときや親が子に持つ愛情が見て取れます。

おそらくこれらの表現力は私が言葉で書くよりも、写真に写るゴリラを見てもらえればすぐわかると思います。
これらの写真は多少私の意図もあるでしょうが、
見ただけでそれぞれのゴリラの関係が見て取れます。

男はたくましくも、思慮深く
女は優しく、繊細に。

男女平等が謳われるこの時代に、このようなイメージがいいかどうかはわかりませんが
人間が子どものときに自然と持つ、男女のそれぞれの役割が薄れてきているこの時代に
家族に対する愛情をゴリラを眺めていると感じさせられます。
そしてなぜかそんな姿にほっとさせられるのです。

ぱっと視野に入ったときに、子どもが駆け出してしまうようなゾウのような長い鼻も、シマウマのような縞も、パンダの持つかわいらしい風貌もありませんが、ゴリラの持つ繊細な感情を、動物園で出会う機会がありましたら感じとってみてください。
キングコングが女性を守るストーリーが
人間が勝手に生み出したフィクションに思えないくらい、優しさを感じさせてくれると思います。

拡大した画像、その他のゴリラの写真はこちらでも見ることができます。
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# by naomedia | 2006-06-03 15:20 | カルチャー・エデュケーション
バラは日本に生えている!?
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今年もバラが咲く季節になりました。
バラは花の中でも特別なイメージを持っていますね。
高貴であり、優雅であり、バラといえばヨーロッパのイメージが強くあります。
王族が住んでいた宮殿にも必ずバラはありますし、最近、流行のイングリッシュガーデンでも
バラは特別な存在として植えられています。

しかし最近知ったのですが、バラの自生地はヨーロッパではなく
中東から中国にかけての地域で特にモンゴルや中国の内陸に多いそうです。
そして、私はとても意外に感じたのですが、
ここ日本にも何種類ものバラが今でも自生しているというのです。

もちろん、現在よく見る園芸用のバラはかなり長い年月をかけて
品種改良してきたものなので、形がかなり違うことは予想できたのですが
それでもいくら想像しても似た植物が日本の山に生えているイメージができませんでした。


しかし、この自生の事実を知ったとき、私の中でずっと解けなかったナゾが1つ解けました。
それは、私の出身地である茨城県の名前の由来に関わるものです。

私は小学生の時に茨城の名前の由来を本で知りました。
茨城の名前の由来は、2つあり
約2千年前、「黒坂命(くろさかのみこと)がイバラで作った城で、
この土地に住んでいた賊を退治した」
という説と
「黒坂命(くろさかのみこと)が、茨城の山に穴を掘り生きていた賊(上記とは別の人とされる)を、彼らが外にいるときに穴に忍び込み、イバラを入れておき、そこに馬で攻めていきそのイバラで退治してしまった」という二つの説がありました。
((ちなみにこの賊と呼ばれた人々は当時の朝廷に刃向かった既に住んでいた人々を指し、黒坂命は崇神天皇の命を受けて、東日本の統治に来た人物とされています。))
二つの説のどちらが茨城の由来として使われて来たのかはわかっていません。

私は初めてこの話を知ったとき、
「そうか!バラはトゲがたくさん大昔はあるから武器になったんだ。」と納得しました。
ただ少し冷静になって考えてみると
日本にバラがあるということにどうも違和感があり、本当にこれを由来として話していいのだろうかと思うようになってきたのです。
いくら昔とはいえ、そんなに城が築けるほどのバラが関東地方にあったとは、これまた想像できなかったのです。
なんせバラのイメージはベルバラのような気品溢れるものでしたから。

その疑問が私にはあまりに不可解だったので、このストーリーを知っていながら周りの人には言えずにいたのですが、バラが自生していることを知り今回記事に取り上げてみることにしました。


こららの逸話から、茨城ではシンボルのコンセプトにバラが多く使われています。
茨城の花はバラですし、シンボルマークはバラのつぼみがモチーフにデザインされています。シンボルマークはこちらで見ることができます。(ただ英語版になってしまいます)
またJリーグの鹿島アントラーズのチームカラーが赤、(厳密にいうと深紅)なのは、バラの色からきたものです。
ただ、このあたりがバラ=イバラにならない、大きな誤解を呼ぶ結果を招いていたのです。

考えてみると、これらのシンボルが決められたのはここ数十年の話で、逸話当時のバラとは違い、園芸用のバラがモチーフとして使われ普及してきました。
そのうちに、バラが一人歩きし、本来のバラが忘れられていってしまったわけです。

それでは、これらの話に出てきたバラがどのようなものかというと、このようなものなのです。
これではさすがにバラといわれてもわからないのも当然です。
ただ、この植物が確かにバラだというのは、花では茎や葉を見れば確かに納得できます。
茎の画像はこちらから。

このように逸話に登場したバラと、現在のバラはまるで違い。残念な気持ちにさせられたというところはあるのですが、
好きな花の祖先が、自分の出生地の由来に使われていることは嬉しいことだと思います。
バラに由来する地名ですと、海外でもSanta Rosa(聖なるバラ)のようにバラからきている地名もあるので、自分の生まれた土地を説明するにはとてもしやすいと思います。

ただ、茨城を説明するのに、"Rose castle"="バラの城"と説明するのはあまりにイメージにギャップがありすぎてかえって説明に苦労させられそうです。



今年も私の家の庭でたくさんのバラが咲いています。こちらの写真もどうぞ。 

参考サイト・・・岡山理科大学 総合情報学部
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# by naomedia | 2006-05-31 02:25 | カルチャー・エデュケーション
クロアチアのチェック柄にせまる
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まもなくW杯が開幕しますね。
サッカーのニュースを見ているとき、クロアチアのチームが映ると
私はついユニフォームの赤と白のチェックが気になって仕方がありません。
どこか懐かしさすら与えてくれる少し時代遅れのような印象も受けるのですが、
それ以上にユニフォームには珍しく"かわいい"のです。
まるで子どもが着ているような服のような印象を感じさせられます。
ただ、国旗や国章などからきているデザインのせいか、少し視点を変えてみると
中世ヨーロッパの騎士が来ていた衣装のようにも見え、
たくましさも見えてくるので不思議なものです。
今回は、この不思議な柄が気になったので少し調べてみました。

クロアチアは1991年にユーゴスラヴィアから独立した新しい国ですが、
このチェックの歴史は古く、約10世紀に存在したクロアチア王国の紋章として
使われており、民族の象徴の意味があるそうです。
ちなみに、このチェックには名前があり、「シャホヴニツァ」といいます。
国旗はこのチェックにブルーが加わり3色となりますが、
赤は --- 尊い血の犠牲
白は --- まばゆき輝く光明
青は --- 澄み渡る青空
を意味しています。 
(世界のサッカーエンブレム W杯&南米エディション参照)

ただ10世紀に生まれたといってもどんな時代なのか、イメージがわかないので、
日本の歴史と照らし合わせてみると
平安時代の中期にあたり、政治では藤原道長、
文化の面では紫式部や清少納言が活躍していた時代です。
この時代に既に紋章が民族の象徴として使用されていたとは
すごいことだと感じさせられますが日本でも華やかな十二単などが登場してきたわけですから、日本にも模様があったはずと思い日本の模様を探してみると、
その結果は驚かされるものでした。
まずはこちらのページをご覧になってみて下さい。

なんと、その時代の着物の模様と、クロアチアのチェックに同様のものが存在するのです。
四角以外にも幾何学の図形が連続的に配置されるなど、
クロアチアのチェックが長い間使われているのと同じように現在も使われている模様がこの時代に生まれていたことに気づかされます。

飛鳥時代には、すでに広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像のアルカイックスマイルに見て取れるように古代ギリシャの影響が見て取れる表現が伝わってきていますが、この柄に関しては
他の柄には影響がありませんので偶然生まれたものだと思います。
またこの時代は、大陸との交易も少なく、日本が独自の文化を発展させた国風文化の時代にもあたるからです。


このようにクロアチアのチェックを調べているうちに日本との意外な関係に辿りつきました。
今回はチェックにフォーカスを当ててきましたが、
W杯ではこのチェックにばかり眼がいってしまわないくらい、
日本代表のプレーの輝きに期待したいですね。


参考文献
世界のサッカーエンブレム W杯&南米エディション  
斉藤健仁 野辺優子  えい文庫 

参考サイト
日本の着物
http://www4.ocn.ne.jp/~isyo/conset.htm
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# by naomedia | 2006-05-27 13:11 | カルチャー・エデュケーション
夢にでるのはいつも生家
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十数年前、私がまだ小学6年生だったとき、
担任の先生が授業中にしてくれた話で今でも心に残っているものがあります。

それは寝ているときに見る夢の話で、
当時30代前半であった先生が、いまだに自分の家が舞台の夢を見ると
登場してくるのは小学生当時に住んでいた家だというのです。
その家は、小学生の頃に壊してしまい残っていないのに加え、
学生生活や結婚を通して、数件引っ越したにも関わらず
夢に出てくるのは生まれてから育った家ばかりだと言うのです。
当時、小学生だった私はその話を聞いて、なんでそんなに生まれた家にこの先生は
執着心を持っているのかなと不思議になったものです。

私はそのころ生まれ育った家にしか住んだことがなく、
当時から既に古かった自分の家に、特に愛着があったわけでもなければ、
何軒も引っ越すというイメージがもてなかったせいか、話の意味が良くわからなかった思い出があります。
ただ、20代も半ばを迎え、この話の内容が自分にも当てはまるようになってきたのです。


私の生家は古くなったため、高校生の時に建て直しで壊してしまいました。
その間の約1年間を近くのアパートで暮らし、その後新しい実家に4年、
そして大学生活を4年、大学の近くの街で過ごしました。
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このようにこれまで4軒の家で過ごし、話をしてくれた教師と似たのシチュエーションになってきたわけですが
やはり、話と同じように不思議と夢にでてくるのは、生家のみなのです。
確かに生家には住んでいる期間が他の家の3倍と圧倒的に多いのですが、
他の家はほとんど夢に登場したことがないのです。

大学の4年間、全く別の土地で生活をしていたときも、夢に出てきたのは昔の実家でしたし、
大学時代のアパートは一度も夢に出てきたことがないように思います。
大学生として夢に自分が登場してきても、家が舞台ならば、昔の実家なのです。


すでに、取り壊されてから8年以上の月日が経ち、私の中でも思い出も薄れてしまっていますが夢にでてくる実家はとてもリアルなことに驚かされます。
このリアルさについても、私の先生は話しており、思い出そうとしても思い出せないことが
夢の中ではリアルに登場してきて驚かされるといっておりました。

このように、先生と私が同じような不思議な経験をしてきています。
皆さんも同じような経験をされている方がもしかるすとおられるのではないでしょうか?
もし何かエピソードがありましたら、ぜひ聞かせてください。


この話をしてくれた先生は話をしながらこんなことも言ってきた記憶があります。
もし、同じようなことがあるとしたら、きっと今みんなが住んでいる家が
出てくる可能性が高いかもねと。
私はその言葉の通りになりました。
もし、お子さんで小学生がおられるかたは、今住まわれている家が同じようにずっとお子さんの夢に登場して来るのかもしれませんね。
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# by naomedia | 2006-05-24 01:09 | カルチャー・エデュケーション
インゴ・マウラー 詩人といわれる理由
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つくば美術館で5月28日まで開催されている「インゴ・マウラー展」を見に行ってきました。
つくば美術館のサイトはこちらです。
インゴ・マウラーさんは世界的に活躍しておられる照明のデザイナーで、
"光の詩人"または"光の魔術師"と呼ばれることも多い方です。

今回の展示では、これまで活動を続けてきた40年間を順を追って見ていくことができます。
40年間を4つに区切り、それぞれの時代で登場してきた新しい照明技術に常に挑戦し、
新しい光を探求しようとする姿勢をひしひしと感じさせられました。

美術館に行く前には、彼の照明の持つ独創的なフォルムを写真で見て
ぜひ見てみたいと思い、向かったのですが
今回の展示を見た感想として
この照明のデザインが素晴らしかったというような、強く印象に残る1つの作品というものは
私のとしてはありませんでした。
それはおそらく世の中に存在する美しいデザインの照明器具というものの多くが
こんなシーンを照らし出すためにというニーズの上に
作り出され、そのフォルムから放たれる光をデザインするという発想をしているのに対し、
インゴ・マウラーさんのデザインは、使用シーンを考えたイメージよりも
新しい光を作りだそうとする気持ちが先にあり、
光の放つリズムや色彩など、
「光と出会う」という"経験"を大切にしているという印象を受けたからだと思います。

私はこの印象を"経験"という言葉で表しましたが、
この照明器具自体の持つフォルムよりも、
フォルムを持たない、光そのものを作り出そうとする姿勢が
"詩人"と評される所以なのかもしれません。


つくば美術館ではあと約1週間の展示となりますが、
東京では、
東京オペラシティー アートギャラリーで 2006年7月8日~9月18日
大阪では
サントリーミュージアム天保山で 2006年10月7日~11月5日
と巡回されるようなので、もし機会がございましたら、
足を運んでみるのも良いのではと思います。


インゴ・マウラー公式サイトはこちらです
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# by naomedia | 2006-05-20 22:43 | アート ・ デザイン
記録から記憶、そして趣味に
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1年程前から写真共有サイトのFlickrの方に写真をアップしてきたのですが、
このページを見に来て下さっている皆さんにも見ていただけるように
リンクを貼ることにしました。
写真のページはこちらから見ることができます。
また右のmenuのphotographからも見ることができます。

写真を撮るのはあくまで趣味の範囲ですが、
私本人としては、最近まで趣味という意識すらないものでした。

デジカメという記録にコストのかからない、そして
簡単に整理できるツールを手に入れたことで、
デザイナーという仕事ゆえ、きれいだな、面白いなというものに出会いを大切にしようと
メモ感覚で写真を撮り始めたのが、始まりです。

メモ感覚で始めた写真ですが、しょっちゅう写真を撮っている私の姿をみた
周りの友人・知人から趣味は写真なんですねと言われるようになりました。
そのように言われるようになってからしばらくの間は、
「いや、ただの記録ですよ」と答えていたのですが、最近ではこれらの
写すこと自体が楽しくなっている自分に気づき
自他共に認める趣味になってきました。

そのような影響もあり、Flickrにアップしてきた写真もメモのようなものから
徐々に自分の好きなものになってきました。
私が大学に入るためにデッサンを学んでいたときからの傾向なのですが、
モチーフとして花に興味があるので、花の割合が多いかと思います。

メモの写真と違い趣味の写真となりますと、コンスタントに写真を撮っているわけではないので、アップするのは不定期ですが、もしよろしければご覧になってください。

(普段からflickrのユーザーの方はわかると思いますが、ちょうど昨日flickrのデザインが変わりましたね!シンプルでよくなったと思います。)
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# by naomedia | 2006-05-18 01:11 | アート ・ デザイン