あなたは、この言葉を読んだとき、 世界で最も美しいものに何を想像しましたか? 見えない、触れなれないというならば、 「やさしさ」や「愛」を思い浮かべた人もいるでしょう。 または、前回の記事に取り上げた盲目のアーティスト Raul Midonの「音楽」を思い浮かべた人もいるかもしれません。 きっとこの答えは、人それぞれ違うものだと思います。 僕はこの言葉と出会ったとき、「愛」のすばらしさを詠った詩だなと思いました。 特に惹かれたことはこの言葉の中に「愛」という言葉を一言も使わずに、 読み手にやさしさや愛のすばらしさを伝えてくる点です。 読み手に愛や優しさかな?とイメージさせることで、それらが持つ良さを心に強く訴えてくるのだと思います。 僕はこの言葉にアメリカ滞在中に出会いました。 部屋の壁にプレートとして飾ってあったのですが、不思議なことに毎日その言葉を眺めているとその言葉の捉え方が変わっていったのです。 どのように変化したかというと、「いくら見た目がかっこいいデザインを作っても、いくらいいカタチを造形しても、人の心を動せてこそ、本当に美しいものなのだ。」というイメージです。 この発想は、僕がデザイナーのタマゴあるという立場から生まれてきたものなのではないかと思います。 すごくいい言葉だなと感じているうちに、少しでも美しいものを目指して作っているデザイナーやアーティストに対しての挑戦状なんじゃないかと感じるようになったのです。 もしこの言葉に、今日初めて出会った人は この言葉を少し心にとどめておくと、僕と同じように別の捉え方が見えてくるかもしれません。僕は10日後位に新しい捉え方が生まれてきました。 もし「あなたが今一番欲しいもの、または必要なものは何ですか?」と聞かれたら 私たちは、「特にないかな」と答えたり、 「iPod」というように目先のモノをイメージしてしまうでしょう。 でも、「目にも見えないし、触れられない、でも世界で最も美しいものは何ですか?」と質問されると心の奥底で感じている、 自分が今一番、欲しているものや必要と思っていることをイメージするのではないかと 僕は思いました。 その答えは、今いろいろ大変な状況にいる人は「努力」と答える人もいるでしょうし、 子どもがいる人でしたら「愛情」と答えるのかなと僕は想像しています。 僕の場合は、今は大学の卒業を間近に控えた状態でこの言葉に出会ったので、早く一流のデザイナーになりたいという気持ちが、上記のようなイメージを持たせたのだと思います。 みなさんがもし新しい捉え方ができたなら、書き手の僕としては嬉しい限りです。 ここまで、この言葉の作者をご紹介しませんでしたが、この言葉、誰の言葉だと思いますか? 実は、ヘレン・ケラーの言葉なのです。 飾られていたプレートには作者の名前が彫られていなかったので、しばらくの間、僕も作者を知りませんでした。 しかし気になったので、「これはアーティストへの挑戦状なの?」と冗談交じりに 質問をしたとき、ヘレン・ケラーの言葉だよと教えてくれたのです。そのときは、自分が浅はかな質問をしてしまったなと反省の気持ちにさせられました。 ヘレン・ケラーは、皆さんもご存知の通り、一度も美しい世界を見たことがありませんし、 美しい音楽も鳥のさえずりも聞いた事がありません。コミュニケーションをとることも困難です。 そのことを他の人は、それをかわいそうというように哀れみの感情で捉えますが、 ヘレン・ケラーは最も美しいものは心で感じられるものといったのです。 もしこの言葉を最初に知ったとき、そんなことはない。美しい風景や宝石こそが世界で一番美しいと多くの人が思っていたならば、この言葉は名言として残らないでしょう。 でも、ヘレン・ケラーの言葉と知らなくてもこの言葉に感動できる、 考えさせられることがあるという事実が、 この言葉が私たちが気づいていない日常生活にある愛を投影してくれている 結果なのかもしれませんね。
by naomedia
| 2005-11-06 01:08
| カルチャー・エデュケーション
|
menu
タグ
カテゴリ
最新のトラックバック
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||